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2014.04.25 四中RUN
帯広での仕事が終わっての夜はワラーチで走りに出ました。

どこへともあてがなく走りだしてから、
母校の帯広市立第四中学校へ向かいました。

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校舎は約40年前の原型のままでした。

教室に灯りがともっていて夜間中学をしていました。

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水飲み場もそのまんま。

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体育の時間によく走らされた学校敷地の外周を走ってみました。
当時は長距離走など大嫌いでした。
「苦しくても次の電柱まで、次の角まで、がんばって走れ。」
「水を飲むな。」
「自分が苦しいときは他人も苦しいんだ。」
「前の人をがんばって抜け、追いつけ、離されるな、抜かれるな。」
「長距離走は根性だ、精神力だ。」
大嫌いでした。
ぜんぜん楽しくないです。
苦痛と屈辱だけです。
当時は思春期時代特有の勉学に不要な個人のエネルギーもキツイ運動をする事によって抑え込めるとの常識もありました。

腕のGPSで測ると一周900mしかありませんでした。
これを3周させられていました。
いつもビリグループでした。
体育の時間の前の前の休み時間から水を飲まないでお腹を空っぽにして走っても横っ腹痛くなりました。
歩くとしかられました。
遅い自分は精神力が弱いんだと思っていました。
遅い生徒、周回遅れの生徒は先にゴールした生徒の晒し者でした。

30歳になって走り始めて、
「水飲んでもいいんだ。」
「友達と話しながら走ってもいいんだ。」
「辛くなったら歩いて又走ればいいんだ。」
「人に抜かれようが関係ない。自分のペースでいいんだ。」
「途中でお菓子食べたり、キョロキョロ景色を見てもいいんだ。」
「歯をくいしばる必要はないんだ。」
「走る距離だって場所だって自分で決めればいいんだ。」
と知ってとても楽になりました。
気持ちが楽になるとフルマラソンを走ってみたくなりました。
もしゴールできたら自分が変わるのじゃないか世界感が変わるのじゃないかと思いました。

中学生の時に嫌々渋々走った同じコースを自分の意思で好き好んで走っている自分が不思議でした。
腰にボトルポシェット着けて、ipodで音楽聴きながら、ポケットには飴。
おまけにワラーチでペタペタ走っているオッサンの自分を中学生の自分は想像すらできなかったし否定した事でしょう。

走りながら不思議な時間を過ごしました。






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